NPO法人You’th Careは、性感染症(性病)に悩み、ココロとカラダの不安を抱えている 若いあなた(You)の健康(health)をケア(Care)したいという私たちの想いを形にしました。

性病を専門に活動している医師やその他のメンバーの経験を生かして、あなたの性の健康を含めた様々な思いを一緒に考えていきたいと思っています。

また私たちは、セクシャルマイノリティの方々が抱える性の悩みにも寄り添えるように考えています。


設立の経緯

NPO代表

医師 塩尻 大輔

ケニア医師(ナイロビ大学卒業)

日本医師

医学博士(熊本大学大学院博士課程医学専攻エイズ先端研究者育成コース卒業)

NPO設立の経緯

”人助け”の源流、父と母の姿

私の両親は、私が生まれた時から、『人助け』をしていました。幼少期に生活していた滋賀県の家には、いつも見知らぬ人が家にいて、聞けば父親が「家がないので連れてきた。」と言うのです。

生活困窮者が、いつの間にか家にきて、いつの間にかいなくなっていて、入れかわり立ち替わりする生活でした。私たちも貧しい暮らしをしている中、他人の世話までしていましたので、生活は豊かなものではありませんでした。でも、私も4人の兄弟も、それが当たり前になっていました。

一番大変だったのは、子育てをしながら家事をする母だったと思います。しかし父も母も、困っている人は、『彼らのせいで困っているのではないのだ』といつも言っていました。

「一緒にケニアで人助けをしないか?」

小学3年生の頃、家族でケニアへ引っ越すことになりました。父が人助けをしていた姿をみて、すでにケニアで食糧支援活動をしていた村上忠雄先生が声をかけてくれたのです。



父は単身赴任も考えたようですが、母が家族で行こうと背中を押したのです。1990年、インターネットもない時代のことでした。

もともと、なんでも手に入り、ものが溢れるような生活をしていなかった私たち家族にとって、ケニアでの生活にギャップはありませんでした。言葉も、地元の学校に兄弟で通っているうちに、あっと言う間に習得してしまいました。数ヶ月後には、言葉をなかなか覚えられない両親の前で、スワヒリ語で内緒話までしていました。ケニアは公用語として英語を話す人が多いので、英語も自然と習得していました。

生活面は、掃除も、洗濯も、機械はありませんので手作業でした。自分のことは自分でやる。年下の兄弟や、両親が手の回らないことは手伝うというものでした。コミュニティでもそうです。

ものが豊かではないと、生活は自己完結しませんので、人間同士の助け合いが発生します。どんなにシャイで、コミュニケーションが苦手な人でも、社会との関わりなしに生きていくことはできないのです。

国としては日本よりも貧しいケニアでしたが、人々は支え合い、違いを認め合える環境がありました。

ケニアで医師になる

妹がマラリア感染症(蚊が媒介する病気)で亡くなったことをきっかけに、私は医学への関心が強くなりました。

妹の死がきっかけで両親の活動は食糧支援活動から、医療支援へと広がりました。現地で小さなクリニックを開き、貧しい方々の診療を現地のドクターとナースで行い、月一で近隣の無医村への巡回診療も始まりました。私は中学に入った頃から積極的に参加するようになりました。医師や看護師の手伝いをしながら、苦しんでいる子供たちの手当をする活動が僕を医学の道へと引き寄せていきました。

たくさんの人のサポートを受けて、ケニアのナイロビ大学医学部を卒業すると、ケニアで一番身近な問題であった産婦人科領域で働くことを決めました。

日本では、出産までに子供やお母さんがなくなることは稀なことになりましたが、ケニアでは珍しいことではなかったのです。

私は1人でもたくさんの赤ちゃんとお母さんを助けるために、産婦人科医として二年間働きました。

ケニアから日本へ

ケニアで日本人医師のお手伝いをしたことが日本へ拠点をうつすきっかけになりました。

私はケニアが大好きなので、日本で学んだことをケニアに還元したいという思いで日本で医師免許を取り直しました。

自分の専門科は、感染症科を選びました。ケニアでは衛生状態がよくなく、産科でありながらも感染症への対応も求められました。そして、ケニアは依然として国民の死因が感染症(HIV・結核・マラリアなど)を締めていたからです。

性感染症という課題

私はエイズ治療・研究開発センター(以下 ACC)に所属することにしました。HIV/AIDSはケニアでも日本でも現在進行形の問題だったからです。また、センターではHIVだけでなくさまざまな性感染症についての研究も行われています。センターに身を置くことで、梅毒・淋病・クラミジア・HPVなどさまざまな感染症が日本では蔓延しており、性感染症の分野は必ずしも十分な対策がなされているわけではないことがわかりました。

私は、人のプライベートな部分に触れる性感染症にやりがいを感じ、性病専門のクリニックを立ち上げることにしました。

始めてみると、ACCでは対象にしていなかった、若い学生さんの相談が多かったため、若者向けのサービスの提供も始めました。格安の検査イベントを実施したり、学生さんが気軽に相談に来られる日を設けたり、学生さんの払える範囲での料金設定を設けるなどしてきました。

既存の性病クリニックの形では、「費用が工面できる」、「情報リテラシーが比較的高い」、「クリニックに通える距離」などのハードルをクリアしないと、利用ができません。

また、医療機関であることは、なかなか「予防」の観点でも取り組みづらさがありました。

しかしさまざまな理由で、クリニックのサービスにアクセスできない人に支援活動を広げる必要を感じ、NPO団体の設立に踏み切りました。

設立には、行動力と、モチベーションの高さと、医学的な知識を備えた人材が必要でしたが、ケニアでご縁のできた古谷野さんに声をかけ、代表をつとめてもらうことになりました。

メッセージ

私たちに共通する想いは、性や性病で悩む若者が一人でも減ってほしいということです

団体が大きくなれば、ケニアのHIV/AIDSやエイズ孤児院へのサポートもより一層行っていく予定です。

いつも関わって下さる皆様方、本当にありがとうございます。今後とも、ぜひご支援ご協力どうぞ宜しくお願い申し上げます。